ベースライン プロファイルは APK に含まれるクラスとメソッドのリストです。Android ランタイム(ART)がインストール時に、マシンコードへのクリティカル パスを事前コンパイルするために使用します。これはプロファイルに基づく最適化(PGO)の一種であり、アプリの起動を最適化し、ジャンクを減らして、エンドユーザー向けのパフォーマンスを向上させます。
ベースライン プロファイルの仕組み
プロファイル ルールは、APK でバイナリ形式にコンパイルされています(assets/dexopt/baseline.prof
)。
インストールの際、ART はプロファイル内のメソッドの事前(AOT)コンパイルを行い、メソッドの実行を高速化します。アプリの起動時やフレーム レンダリング時に使用されるメソッドがプロファイルに含まれていれば、起動時間が短くなったり、ジャンクが減ったりします。
アプリやライブラリを開発するときは、起動、遷移、スクロールなど、レンダリング時間やレイテンシが重要となるクリティカル ユーザー ジャーニーで特定のホットパスをカバーするベースライン プロファイルを定義することを検討してください。
ベースライン プロファイルは APK とともに(Google Play を通じて)ユーザーに直接配信されます(図 1 を参照)。

ベースライン プロファイルを使用する理由
起動時間は、アプリのユーザー エンゲージメントを改善するための重要な要素です。アプリの速度と応答性を高めると、1 日あたりのアクティブ ユーザー数が増加し、平均再利用率が高まります。
クラウド プロファイルでも同じインタラクションが最適化されますが、ユーザーがクラウド プロファイルを利用できるのはアップデートのリリースから 1 日以上経過した後であり、Android 7(API 24)から Android 8(API 26)まではサポートされていません。
Android バージョン間のコンパイル動作
Android プラットフォームの各バージョンでは、これまでさまざまなアプリのコンパイル方法が採用され、それぞれの方法にトレードオフがありました。ベースライン プロファイルは、すべてのインストールにプロファイルを提供することで、以前のコンパイル方法を改善します。
Android のバージョン | コンパイル方法 | 最適化アプローチ |
---|---|---|
Android 5(API レベル 21)から Android 6(API レベル 23)まで | 完全 AOT | アプリ全体がインストール時に最適化されるため、アプリ使用時の待ち時間が長くなり、RAM やディスクの使用量が増え、ディスクからコードを読み込む時間が長くなるため、コールド スタートアップ時間が長くなる可能性があります。 |
Android 7(API レベル 24)から Android 8.1(API レベル 27)まで | 部分 AOT(ベースライン プロファイル) | ベースライン プロファイルは、アプリ モジュールがこの依存関係を定義した場合、最初の実行時に androidx.profileinstaller によってインストールされます。ART は、アプリ使用時に他のプロファイル ルールを追加し、デバイスがアイドル状態のときにそれらをコンパイルすることで、これをさらに改善できます。これにより、ディスク容量と、ディスクからコードを読み込む時間が最適化され、アプリの待ち時間が短くなります。 |
Android 9(API レベル 28)以降 | 部分 AOT(ベースライン + クラウド プロファイル) | Play は、アプリのインストール時にベースライン プロファイルを使用して、APK とクラウド プロファイル(利用可能な場合)を最適化します。インストール後、ART プロファイルは Play にアップロードされ、集計されます。その後、ユーザーがアプリをインストールまたはアップデートする際にクラウド プロファイルとして提供されます。 |
ベースライン プロファイルを作成する
BaselineProfileRule
を使用してプロファイル ルールを自動的に作成する
アプリ デベロッパーは、Jetpack Macrobenchmark ライブラリを使用することで、アプリのリリースごとにプロファイルを自動的に生成できます。
Macrobenchmark ライブラリを使用してベースライン プロファイルを作成するには:
アプリの
build.gradle
で ProfileInstaller ライブラリに依存関係を追加し、ローカルと Play ストアのベースライン プロファイルのコンパイルを有効にします。これは、ベースライン プロファイルをローカルでサイドローディングする唯一の方法です。dependencies { implementation("androidx.profileinstaller:profileinstaller:1.2.0-beta01") }
Gradle プロジェクトに Macrobenchmark モジュールをセットアップします。
次のような、
BaselineProfileGenerator
という新しいテストを定義します。@ExperimentalBaselineProfilesApi @RunWith(AndroidJUnit4::class) class BaselineProfileGenerator { @get:Rule val baselineProfileRule = BaselineProfileRule() @Test fun startup() = baselineProfileRule.collectBaselineProfile(packageName = "com.example.app") { pressHome() // This block defines the app's critical user journey. Here we are interested in // optimizing for app startup. But you can also navigate and scroll // through your most important UI. startActivityAndWait() } }
Android 9 以降を実行する
userdebug
または root 権限取得済みの Android オープンソース プロジェクト(AOSP)エミュレータを接続します。ターミナルから
adb root
コマンドを実行して、adb デーモンが root 権限で実行されるようにします。テストを実行し、その完了を待ちます。
logcat で、生成されたプロファイルの場所を探します。ログタグ
Benchmark
を検索します。com.example.app D/Benchmark: Usable output directory: /storage/emulated/0/Android/media/com.example.app
# List the output baseline profile ls /storage/emulated/0/Android/media/com.example.app SampleStartupBenchmark_startup-baseline-prof.txt
生成されたファイルをデバイスから pull します。
adb pull storage/emulated/0/Android/media/com.example.app/SampleStartupBenchmark_startup-baseline-prof.txt .
生成されたファイルの名前を
baseline-prof.txt
に変更し、アプリ モジュールのsrc/main
ディレクトリにコピーします。
プロファイル ルールを手動で定義する
src/main
ディレクトリに baseline-prof.txt
というファイルを作成することで、アプリまたはライブラリ モジュールでプロファイル ルールを手動で定義できます。これは、AndroidManifest.xml
ファイルが入っているフォルダと同じです。
このファイルでは、1 行に 1 つのルールを指定します。各ルールは、最適化が必要なアプリやライブラリのメソッドまたはクラスをマッチングするためのパターンを表します。
ルールの構文は、adb shell profman --dump-classes-and-methods
を使用する際の、人が読める ART プロファイル形式(HRF)のスーパーセットです。この構文は記述子と署名の構文とよく似ていますが、ルール作成プロセスを簡素化するためにワイルドカードも使用できます。
Jetpack Compose ライブラリに含まれるベースライン プロファイル ルールの例を次に示します。
HSPLandroidx/compose/runtime/ComposerImpl;->updateValue(Ljava/lang/Object;)V
HSPLandroidx/compose/runtime/ComposerImpl;->updatedNodeCount(I)I
HLandroidx/compose/runtime/ComposerImpl;->validateNodeExpected()V
PLandroidx/compose/runtime/CompositionImpl;->applyChanges()V
HLandroidx/compose/runtime/ComposerKt;->findLocation(Ljava/util/List;I)I
Landroidx/compose/runtime/ComposerImpl;
ルールの構文
ルールは、メソッドまたはクラスをターゲットとする 2 つの形式のいずれかを使用します。
[FLAGS][CLASS_DESCRIPTOR]->[METHOD_SIGNATURE]
クラスルールでは、次のパターンを使用します。
[CLASS_DESCRIPTOR]
構文 | 説明 |
---|---|
FLAGS |
H 、S 、P のうち 1 つ以上の文字を表し、起動タイプに関して Hot 、Startup 、Post Startup のフラグをこのメソッドに付けるべきかどうかを示します。H フラグの付いたメソッドは、「ホット」メソッドです。つまり、アプリの存続期間中に何度も呼び出されます。S フラグの付いたメソッドは、起動時に呼び出されるメソッドです。P フラグの付いたメソッドは、起動に関係のないホットメソッドです。このファイルに存在するクラスは、起動時に使用されるクラスであり、クラス読み込みのコストを回避するためにヒープで事前割り当てする必要があることを示しています。ART コンパイラは、上述のメソッドの AOT コンパイルや、生成された AOT ファイルでのレイアウト最適化など、さまざまな最適化戦略を採用しています。 |
CLASS_DESCRIPTOR |
ターゲットとなるメソッドのクラスの記述子。たとえば、androidx.compose.runtime.SlotTable の記述子は Landroidx/compose/runtime/SlotTable; です。注: Dalvik Executable(DEX)形式に従って L が先頭に付加されています。 |
METHOD_SIGNATURE |
メソッドのシグネチャ(メソッドの名前、パラメータの型、戻り値の型を含む)。たとえば、LayoutNode のメソッド // LayoutNode.kt fun isPlaced():Boolean { // ... } のシグネチャは isPlaced()Z です。 |
1 つのルールに複数のメソッドまたはクラスを含める場合は、これらのパターンにワイルドカードを使用できます。Android Studio でルールの構文を記述する際のガイドについては、Android Baseline Profiles プラグインをご覧ください。
ワイルドカード ルールの例を次に示します。
HSPLandroidx/compose/ui/layout/**->**(**)**
ベースライン プロファイル ルールでサポートされている型
ベースライン プロファイル ルールでサポートされている型は次のとおりです。これらの型の詳細については、Dalvik Executable(DEX)形式をご覧ください。
文字 | 型 | 説明 |
---|---|---|
B |
byte | 符号付きバイト |
C |
char | UTF-16 でエンコードされた Unicode 文字コードポイント |
D |
double | 倍精度浮動小数点値 |
F |
float | 単精度浮動小数点値 |
I |
int | 整数 |
J |
long | 長整数 |
S |
short | 符号付き短整数 |
V |
void | Void |
Z |
boolean | True または False |
L (クラス名) |
reference | クラス名のインスタンス |
また、ライブラリでは、AAR アーティファクトにパッケージ化されるルールを定義できます。このアーティファクトを含むように APK をビルドすると、ルールはマージされ(マニフェストのマージと同様の方法)、APK に固有のコンパクトなバイナリ ART プロファイルにコンパイルされます。
ART は、デバイスで APK が使用される際にこのプロファイルを活用して、Android 9(API レベル 28)、または ProfileInstaller を使用する場合は Android 7(API レベル 24)でのインストール時に、アプリの特定のサブセットを AOT コンパイルします。
その他の注意事項
ベースライン プロファイルを作成するときは、次の点にも注意してください。
Android 5 から Android 6 まで(API レベル 21、23)は、インストール時にすでに APK を AOT コンパイルしています。
デバッグ可能なアプリは、トラブルシューティングのために AOT コンパイルされることはありません。
ルールファイルには
baseline-prof.txt
という名前を付けて、メイン ソースセットのルート ディレクトリに配置する必要があります(AndroidManifest.xml
ファイルの兄弟ファイルにする必要があります)。これらのファイルは、Android Gradle プラグイン
7.1.0-alpha05
以降(Android Studio Bumblebee Canary 5)を使用している場合にのみ利用できます。Bazel は現在のところ、ベースライン プロファイルの読み込みと APK へのマージをサポートしていません。
ベースライン プロファイルは、圧縮して 1.5 MB 以下にする必要があります。そのためライブラリとアプリは、定義するプロファイル ルールを抑えながらも影響を最大化できるように努める必要があります。
アプリのコンパイルが多すぎる広範なルールでは、ディスク アクセスの増加により起動が遅くなる可能性があります。ベースライン プロファイルのパフォーマンスをテストする必要があります。
改善を測定する
Macrobenchmark ライブラリで測定を自動化する
Macrobenchmarks を使用すると、ComilationMode API を介して、測定前のコンパイルを制御できます(BaselineProfile
の使用を含む)。
Macrobenchmark モジュールで BaselineProfileRule
テストをすでに設定している場合は、そのモジュールで新しいテストを定義して、パフォーマンスを評価できます。
@RunWith(AndroidJUnit4::class)
class BaselineProfileBenchmark {
@get:Rule
val benchmarkRule = MacrobenchmarkRule()
@Test
fun startupNoCompilation() {
startup(CompilationMode.None())
}
@Test
fun startupBaselineProfile() {
startup(CompilationMode.Partial(
baselineProfileMode = BaselineProfileMode.Require
))
}
private fun startup(compilationMode: CompilationMode) {
benchmarkRule.measureRepeated(
packageName = "com.example.app",
metrics = listOf(StartupTimingMetric()),
iterations = 10,
startupMode = StartupMode.COLD,
compilationMode = compilationMode
) { // this = MacrobenchmarkScope
pressHome()
startActivityAndWait()
}
}
}
テスト結果を渡す例を図 2 に示します。

上の例では StartupTimingMetric
を見ていますが、ジャンク(フレーム指標)のように、Jetpack Macrobenchmark を使用して測定できる考慮すべき重要な指標もあります。
アプリの改善を手動で測定する
まず、参考のために最適化されていないアプリの起動を測定してみましょう。
PACKAGE_NAME=com.example.app
# Force Stop App adb shell am force-stop $PACKAGE_NAME # Reset compiled state adb shell cmd package compile --reset $PACKAGE_NAME
# Measure App startup # This corresponds to `Time to initial display` metric # For additional info https://developer.android.com/topic/performance/vitals/launch-time#time-initial adb shell am start-activity -W -n $PACKAGE_NAME/.ExampleActivity \ | grep "TotalTime"
次に、ベースライン プロファイルをサイドローディングしましょう。
# Unzip the Release APK first unzip release.apk
# Create a ZIP archive # Note: The name should match the name of the APK # Note: Copy baseline.prof{m} and rename it to primary.prof{m} cp assets/dexopt/baseline.prof primary.prof cp assets/dexopt/baseline.profm primary.profm
# Create an archive zip -r release.dm primary.prof primary.profm
# Confirm that release.dm only contains the two profile files: unzip -l release.dm # Archive: release.dm # Length Date Time Name # --------- ---------- ----- ---- # 3885 1980-12-31 17:01 primary.prof # 1024 1980-12-31 17:01 primary.profm # --------- ------- # 2 files
# Install APK + Profile together adb install-multiple release.apk release.dm
インストール時にパッケージが最適化されたことを確認するために、次のコマンドを実行します。
# Check dexopt state
adb shell dumpsys package dexopt | grep -A 1 $PACKAGE_NAME
出力に、パッケージがコンパイルされたことが示されます。
[com.example.app]
path: /data/app/~~YvNxUxuP2e5xA6EGtM5i9A==/com.example.app-zQ0tkJN8tDrEZXTlrDUSBg==/base.apk
arm64: [status=speed-profile] [reason=install-dm]
これで、コンパイル状態をリセットせずに、以前と同じようにアプリの起動パフォーマンスを測定できるようになりました。
# Force Stop App adb shell am force-stop $PACKAGE_NAME
# Measure App startup adb shell am start-activity -W -n $PACKAGE_NAME/.ExampleActivity \ | grep "TotalTime"
既知の問題
現在、ベースライン プロファイルの使用に関して、いくつかの問題があります。
App Bundle から APK をビルドする際に、ベースライン プロファイルが正しくパッケージ化されません。この問題を解決するには、
com.android.tools.build:gradle:7.3.0-beta02
以上を適用してください。(問題)。ベースライン プロファイルはプライマリ
classes.dex
ファイルに対してのみ正しくパッケージ化されます。これは複数の.dex
ファイルがあるアプリに影響します。この問題を解決するには、com.android.tools.build:gradle:7.3.0-beta02
以上を適用してください。(問題)。Macrobenchmark に、Android 12L(API 32)(問題)および Android 13(API 33)(問題)のベースライン プロファイルとの互換性がありません。
user
(root になっていない)ビルドで、ART プロファイル キャッシュをリセットできません。この問題を回避するために、androidx.benchmark:benchmark-macro-junit4:1.1.0-rc02
には、ベンチマーク中にアプリを再インストールする修正が含まれています(問題)。Android Studio のプロファイラで、アプリのプロファイリング時にベースライン プロファイルがインストールされません(問題)。
現在、Gradle 以外のビルドシステム(Bazel、Buck など)では、ベースライン プロファイルを出力 APK に組み込むことができません。
現在、Play ストアでは、ベースライン プロファイルをインストールできるようになるまでに、aab のアップロードから 10~14 時間かかります。この期間中にユーザーがアプリをダウンロードすることは、バックグラウンド dexopt が実行されない限り(およそ一晩中)、メリットはありません。この状況は現在も改善中です。
Play ストア以外のアプリ配信チャネルでは、インストール時にベースライン プロファイルを使用できない場合があります。こうしたチャネルを通じてユーザーがアプリを使用することは、バックグラウンド dexopt が実行されない限り(およそ一晩中)、メリットはありません。